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黒船来航の
記念館
下田から世界へ
発信した
幕末開港の歴史
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下田は古くから風待ち港として栄えてきましたが、嘉永7年3月(1854年4月)アメリカのペリー提督率いる黒船艦隊来航によりわが国最初の開港場となりました。
ペリーが去るとロシアの使節プチャーチンが訪れ、北方の国境画定を含む日露和親条約を結びました。
翌年にはアメリカ総領事タウンゼント・ハリスによるアメリカ領事館の開設があり、イギリス、フランス、オランダ等の船も下田港に姿をみせました。
日米修好通商条約の締結により開港場の役割は横浜、神戸などに移りましたが、ペリー来航から明治維新まで僅か15年、その最初の数年間、下田は日本が世界に飛び出す役割を果たした地でした。
下田開国博物館は、日本開国に係る約2000点の資料・遺品の中から
約1000点を入れ替え展示しています。
【 今日はなんの日?? 】 ずっと昔の江戸時代から明治時代の今日、日本が
外国に国を開くことでどんな出来事があったのか
な??
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◆◆ 1858年 7月 29日 ( 安政5年 6月 19日 )◆◆
152年前の今日、神奈川小柴沖、米艦ポーハタン号上でアメリカ総領事タウンゼント・ハリスと幕府代表との間で日米修好通商条約が締結されました。
神奈川、長崎、兵庫、新潟、箱館の開港などを決め、この条約で日本は鎖国を止め世界の仲間入りする事になった訳です。そしてその後3ヶ月に満たない間にオランダ、ロシア、イギリス、フランスとも同内容の修好通商条約を結びました。(安政の5ヶ国条約と呼んでいます)
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| お知らせ |
当館発行の 「下田の歴史と史跡(肥田喜佐衛門呈)」が第12版を出版しました。
坂本龍馬「飛翔の地下田」にちなみ、《 坂本龍馬の海援隊版英和辞書 》 《 写真の歴史から見た坂本龍馬像 》を特別展示中!!
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